ゲームシナリオにおける「プレイヤーの自己犠牲」の導き方:『NieR:Automata』最終エンディングの構造分析
ゲームシナリオにおいて、プレイヤーに深く感情移入させ、物語への当事者意識を高めることは、体験の質を向上させる上で極めて重要です。特に、自身の行動や選択が物語に決定的な影響を与える構造は、プレイヤーの心に強く刻まれます。本稿では、プラチナゲームズ開発、スクウェア・エニックス販売の傑作アクションRPG『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』が、どのようにしてプレイヤーに「自己犠牲」という強烈な感情を体験させ、物語体験を極限まで深化させたのか、その最終エンディング(Eエンディング「the end of yorha」)におけるストーリーテリング手法を構造的に分析します。
『NieR:Automata』における物語とプレイヤーの関係性
『NieR:Automata』は、遠い未来の地球を舞台に、人類のために戦うアンドロイドの物語を描いています。特筆すべきは、多岐にわたるエンディングと、周回プレイによって物語の真相が徐々に明かされる独特の構成です。A、B、C、Dの各エンディングを経て、最後のEエンディングへと到達する過程で、プレイヤーはキャラクターたちの運命、世界の真実、そして「存在」の根源的な問いと深く向き合うことになります。
この作品のストーリーテリングは、単なるテキストやイベントの羅列に留まりません。ゲームシステムそのものが物語の一部として機能し、プレイヤー自身の選択や行動が、物語の展開、キャラクターの感情、そして最終的なテーマの理解に直結する設計がなされています。
Eエンディング「the end of yorha」における自己犠牲の構造
Eエンディングは、Dエンディング後にアクセス可能となる、本作の真の完結編ともいえるエピソードです。ここでは、プレイヤーは自らのセーブデータを消去するという、ゲームでは極めて異例の選択を迫られます。この一連のプロセスにおいて、開発チームは巧みにプレイヤーの感情を誘導し、最終的な「自己犠牲」へと誘っています。
1. 共感と絶望の積み重ね
Eエンディングに至るまでに、プレイヤーは複数の周回を通じて、主要キャラクターである2B、9S、A2それぞれの視点から物語を体験します。これにより、彼らの苦悩、葛藤、そして微かな希望が詳細に描かれ、プレイヤーはキャラクターたちへの強い共感を抱くようになります。特に9Sが経験する悲劇や絶望は、プレイヤーの感情を深く揺さぶります。
Eエンディングの直前、プレイヤーは絶望的な状況に直面します。ヨルハ部隊は崩壊し、主要なアンドロイドたちも次々と命を落とします。生き残った2B、9S、A2のデータも失われかねない危機に瀕し、プレイヤーは彼らを救うために、自身が操作するポッドからの提案を受け入れることになります。この、キャラクターたちの生存がプレイヤーの手に委ねられるという構図が、自己犠牲への土台を築きます。
2. ゲームメカニクスとメタフィクションによる心理誘導
Eエンディングのクライマックスは、スタッフロールを背景にしたシューティングゲームです。ここでは、プレイヤーはポッドを操作し、スタッフの名前を模した敵を撃ち落としながら、最終的なデータの復元を目指します。このシューティングは非常に高難度であり、通常のプレイヤースキルでは突破が困難に設定されています。
しかし、一定回数失敗すると、ゲームはプレイヤーに「他の誰かの助けを借りるか?」という選択肢を提示します。これを選ぶと、他のプレイヤーが「誰かのために」犠牲にしたセーブデータが送られ、自機の周囲にバリアとして展開されます。このバリアは、他のプレイヤーのIDとメッセージ(「あきらめるな」「君ならできる」「頑張れ」など)と共に現れ、シューティングパートを容易に進められるようになります。
これは、以下のような複合的な効果を生み出します。
- 連帯感の醸成: 見知らぬ誰かの善意による助けという形で、プレイヤー間に強い連帯感が生まれます。これにより、孤独な戦いではなく、「皆で協力して乗り越える」という意識が芽生えます。
- 「犠牲」の可視化: 他のプレイヤーのメッセージとIDが表示されることで、「彼らもまた、かつて自分のセーブデータを犠牲にした存在なのだ」という事実が明確に伝わります。これは、後の自身の選択の伏線となります。
- メタ的な問いかけ: ゲーム内のキャラクターを救うために、ゲーム外の「プレイヤー」が協力するという構造は、現実と虚構の境界を曖昧にし、物語への没入度を飛躍的に高めます。
3. 究極の選択と感情的カタルシス
シューティングパートを突破し、キャラクターたちのデータを復元することに成功すると、ゲームは最終的な問いかけをプレイヤーに投げかけます。「これまでのセーブデータをすべて消去して、他のプレイヤーを助けるために捧げますか?」という選択です。
この選択は、単なるゲーム内のデータ消去に留まりません。プレイヤーが積み重ねてきたプレイ時間、達成した功績、築き上げたキャラクターとの絆、それらすべてが詰まったセーブデータを自らの手で消去するという行為は、一般的なゲーム体験には存在しない「真の自己犠牲」を要求します。
この選択をすることで、プレイヤーは以下のものを得ます。
- 倫理的満足感: 自身のデータという大きな代償を支払うことで、見知らぬ誰かを助けるという高潔な行為を為したという深い満足感が得られます。これは、物語のテーマである「存在意義」や「他者との繋がり」を、プレイヤー自身が身をもって体現する機会となります。
- 強い感情的カタルシス: 困難を乗り越え、自身の何かを犠牲にした結果として得られる達成感と、物語の登場人物たちを救ったという安堵感が合わさり、強烈なカタルシスを体験します。
- 作品との「共犯関係」: ゲームの終わりに自身のプレイデータを捧げることで、プレイヤー自身がこの作品のユニークなゲームシステムの一部となり、新たなプレイヤーを導く存在へと昇華されます。これは、作品との間に特別な「共犯関係」を築くことにも繋がります。
この分析から得られる示唆
『NieR:Automata』のEエンディングにおける自己犠牲の構造は、ゲームシナリオライターにとって、以下のような重要な示唆を与えます。
- ゲームメカニクスをストーリーテリングに組み込む: 単にストーリーラインを追うだけでなく、ゲームプレイそのものが物語のテーマや感情を表現する手段となり得ます。シューティングパートでの他者からの救済は、ゲームシステムがプレイヤーの感情に直接訴えかける強力な例です。
- プレイヤーの「行動」を物語の「価値」に変換する: プレイヤーのゲーム内での行動や、場合によってはゲーム外(セーブデータ消去)での行動に、物語上の大きな意味と価値を与えることで、受動的な体験から能動的な体験へと昇華させることができます。
- 「共感」の積み重ねが「犠牲」への障壁を下げる: プレイヤーがキャラクターや世界に深く共感することで、彼らを救うため、あるいは大いなる目的のために自身が犠牲を払うことへの心理的抵抗が低減されます。これは、感情移入のプロセスが、最終的な行動選択にどう影響するかを示しています。
- リスクとリターンのバランス: プレイヤーに何かを「差し出す」ことを求める場合、それがもたらす「リターン」(倫理的満足感、カタルシス、新たな繋がりなど)が、失うものの価値を上回るように設計することが重要です。
- メタフィクションの活用: 現実のプレイヤーとゲーム内の物語の境界を曖昧にするメタ的な手法は、特定の感情を喚起したり、作品に深い層を与える上で有効な手段となり得ます。ただし、その使用は慎重に、かつ物語の目的に合致している必要があります。
まとめ
『NieR:Automata』のEエンディングは、プレイヤーに「自己犠牲」という極めて個人的かつ倫理的な選択を迫ることで、物語体験の可能性を大きく広げました。これは、単に感動的なストーリーを提示するだけでなく、ゲームというメディアの特性を最大限に活かし、プレイヤー自身の行動と思考を物語の根幹に据えることで達成されています。
田中健一さんのようなベテランシナリオライターの方々が、もし自身の企画でマンネリを打破し、プレイヤーに忘れがたい体験を提供したいと考えるのであれば、『NieR:Automata』が示したような、ゲームメカニクスとストーリーテリングの融合、そしてプレイヤーの深層心理に働きかける「自己犠牲」の構造は、新たな発想の源泉となるでしょう。物語における「選択」の重みと、それに伴う「対価」の設定は、プレイヤーのエンゲージメントと満足度を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。